初めて入ったブルペンで、最速91マイル。約146キロ。

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はい、打者の話です。

2018年夏、デルミス・ガルシアはヤンキース傘下でプレーする20歳の内野手だった。球団から持ちかけられたのは、守備位置の変更でも打撃フォームの修正でもない。「投手もやってみないか」という二刀流の提案だった。

阪神が獲得したガルシアといえば、まずは長打力である。高知では前半戦40試合で18本塁打。米マイナーでも通算132本塁打を記録している。

その選手に、ヤンキースはボールを投げさせた。しかも、ちょっと肩を試しただけではない。球団上層部、投手育成担当、内野守備担当、傘下球団のコーチ陣まで動いている。思ったより、だいぶ本気だった。

大谷翔平が広げた「両方やってみる」という発想

ブライアン・キャッシュマンGMは、この構想を説明する際に大谷翔平の名前を挙げている。

大谷の登場によって、それまで球界が十分に見てこなかった可能性へ光が当たった。打者か投手かを早い段階で決めるのではなく、両方に能力があるなら、まず両方やらせてみる。その考え方が広がったという。

もちろん、ガルシアを大谷と同じ選手にしようとしたわけではない。

ただ、強い打球を飛ばし、内野手として強肩も持っている。ならば、その肩を打者だけに使わせておく必要はない。ヤンキースはそう考えた。

計画には、投手コーディネーターのダニー・ボレル、内野部門を担当していたミゲル・カイロ、傘下チャールストンのコーチ陣が加わった。突然の提案を受けたガルシア本人も、投手挑戦に前向きだった。

阪神ファンとしては右の大砲だけで十分ありがたいのだが、ヤンキース時代には投手まで期待されていたらしい。情報量が多い。

新品のボールを渡され、いきなり91マイル

提案を受けた翌日、ガルシアはブルペンに入った。

投手コーチのジャスティン・ポープが新品のボールを渡し、ダン・フィオリトコーチがスピードガンを構えた。最初から細かなフォームや変化球を教え込むのではなく、まずは自然に腕を振らせた。

そこで出たのが91マイルだった。

投手として専門的な育成を受けてきた選手ではない。初めて本格的にブルペンへ入り、それで約146キロ。そりゃ、もう少し見たくなる。

ボレルも91マイルを完成形とは考えていなかった。体の使い方を覚えれば、将来的には95〜98マイル、約153〜158キロに届く可能性があると評価していた。

ここは大事なので冷静に書いておく。95〜98マイルは実測値ではない。当時の投手コーディネーターによる将来予測である。ガルシアが公式戦で158キロを投げた、という話ではない。

それでも初ブルペン91マイルは91マイルである。十分おかしい。

二刀流は、記録から消えた

この計画が、その後どこまで続いたのかは分かっていない。

ガルシアには、後年の公式戦で投手として登板した記録が残っていない。ヤンキースが正式に計画を中止した時期も、打者一本へ戻した理由も、公に確認できる説明はない。

打撃へ集中させるためだったのか。投手としての育成が進まなかったのか。別の事情があったのか。そこは資料がなく、勝手には埋められない。

確認できるのは、ヤンキースが実際に複数の担当者を動かし、ガルシアをブルペンへ入れたこと。初回で91マイルを記録したこと。そして、その後のキャリアは打者として続いたことまでである。

阪神も、もちろん投手として獲得したわけではない。高知で本塁打を量産した右の大砲として背番号94を与えた。

だから甲子園で投げる、などという話ではない。そこまで期待してはいけない。たぶん。